少し前の新聞に、「ブラウン管、生産終了」という記事が出ていました。いよいよ、ブラウン管のテレビも過去のものとなってしまうようです。テレビに限らず、オシロスコープをはじめとする、あらゆる表示装置に使用されてきました。と言っても、いまの若い世代の方は、「ブラウン管??」という方も多いのではないでしょうか。

ブラウン管はヒータを加熱し、高温度にすると、電極(カソード)から熱電子が放出され、放出された電子を映像信号によってその位置や強度に情報を持たせ、高電圧が印加された陽極(プレート)に当てるというものです。陽極には、電子が当たると発光する蛍光物質が塗布されており、管面上に文字や画像が描かれるというものです。テレビ受像機の中で、いちばん大きな部品でした。

はじめは白黒でしたが、その後、カラー化されて長い間、テレビといえば、ブラウン管でした。ブラウン管は、陽極に高電圧(1~2万ボルト)が印加されますので、テレビの中には、必ず、高電圧の発生部がありました。危険なので、鉄のシールド板に囲まれていて、その中に怪しく光る、整流管のヒータを、テレビの後ろからよく覗いていました。わたしが、初めて、電気回路に興味を持って、「実験」したのも、この高圧整流管でした。

フライバックトランスと呼ばれた、高圧トランスの交流電源を整流管で直流にするのですが、この原理に興味を持ち、自宅のAC100Vのコンセントで、整流の実験をしたのは、小学校一年生のときでした(危険なガキでした)。乾電池で、ヒーターを加熱して、コンセントから引っ張った100Vをプレートに接続して、カソードに直流がでてくる、という実験でした。もちろん、オシロスコープなど持っているわけはないので、テスターの直流レンジでしかるべき電圧が出るかを見ていました。

「実験」は大成功だったのですが、その直後、配線が外れて、ショート、「ボン!」という音と同時にブレーカーが遮断され、家中の電気が消えました。そのとき、母親に叱られた、という記憶はないので、まあ、優雅な時代だったのでしょう。その時の記憶をたどると、なんとなく良い思い出となっているので、おそらく、私の電気遊びの始まりということだったのでしょう。

そのころは、壊れたテレビやラジオがあちこちに捨ててあり、私の遊び道具はいつもこういった、ガラクタでした。たくさんの真空管を集め、これらは、その後のアマチュア無線の送受信機の部品となりました。テレビの水平出力管を送信機の出力段に使うのは定番でした。しかし、ブラウン管だけは手に負えず、広い野原で、遠くから石を投げ、「ドカン!」と処理していたようです。やはり、危険なガキでした(笑)。